*奥の宮(招福の砂)

境内には、昔から奥の宮(お穴様)が祀られております社殿東側の参道に奉納された多数の鳥居の下をくぐりたどると奥の宮にいきつきます。奥の宮には、招福の砂があります。このお砂をいただき、それぞれの場所に撒かれますと、商売繁盛、家内安全、更に病気平癒などいろいろなご神運が授けられ、招福の砂として広く称えられている。


*築山とお狐さま

社殿の裏にある築山は、稲荷山と呼ばれ親しまれています富士山の岩石で築かれ、石碑と共に、明治三七年、信者から奉納されたもので、神社と共に現在地に移築されました。稲荷神の使者狐の像は堂々たる風姿で尊崇を集めている。


*旧空港内の大鳥居

羽田空港内の玄関に降り立つと、目の前に大きな鳥居が見られますこの大きな鳥居は神社が空港内にあった昭和四年、一の大鳥居として同地に建立され、そこが、穴守駅だったのです当神社が遷座することになった終戦時から今に到るまでこの大鳥居には数々の神秘的現象が起こり、恐れられ、取り壊せず生きた大鳥居として世界の七不思議に数えられています。

*現在の大鳥居

この大鳥居は、穴守稲荷神社がまだ羽田穴守町にあった昭和初期に、その参道に寄付により建立されたと伝えられています。その後、終戦とともに進駐した米軍により、羽田穴守町、羽田鈴木町、羽田江戸見町の地域一帯に移住していた人々は強制撤去され、建物は全て取り壊されました。
しかしながら、この大鳥居だけは取り壊しを免れて羽田に残され、往時を物語る唯一の建造物となりました。
米軍から、施設が日本に返還された昭和二十七年七月、東京国際空港として、再出発した後も、この大鳥居は旅客ターミナルビル前面の駐車場の一隅に残され、羽田空港の大鳥居として航空旅客や空港に働く人々に親しまれました。また、歳月を重ね風雪に耐えた大鳥居は、進駐軍に強制撤去された元住民の方々の「心のふるさと」として当時を偲ぶ象徴となりました。
昭和五十九年に着手された東京国際空港沖合展開事業により、滑走路や旅客ターミナルビル等の航空施設が沖合地区に移設され、大鳥居も新B滑走路の整備の障害となることから、撤去を余儀なくされることとなりました。しかしながら、元住民だった多くの方々から大鳥居を残してほしいとの声が日増しに強まり、平成十一年二月、国と関連企業の協力の下でこの地に移設されたものです。ここに関係各位に謝意を表すとともに、この大鳥居が地域と空港の共生のシンボルとして末永く親しまれる事を念願する次第です。